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トビタテ生として

トビタテ同期の子が、Facebookに投稿していた文章がかなり胸に刺さった。

合否に明確な基準はありません。
だとしたら、何がだめだったのかも分からないまま。
これから期間をずらして留学する人、他の奨学金に応募する人、みんなそれぞれの道に進んでいきます。中には1度覚悟を決めたのに、留学を諦める人もいます。

そんなみんなの顔を思うと「じゃあ何で自分は受かったんだろう」って思う。すいません。でもそう思います。
分からないけどでも多分、みんなそれぞれ頑張ってて、自分が飛び抜けてた訳では無い…のかな。けど多少なりとも「この子を選ぼう」って思って、引き上げてくれた人がいるってことだから、そんなチャンスを与えてくれた人、そして落ちてしまった友人達、自分の価値はどこにあるんだろうって考え続けなきゃいけない。

書類選考の合否を通して、意外にも自分が背負った責任の重みを実感させられることになりました。いい機会を貰いました。この気持ちを風化させないように努力したいと思います。

その子は6期に受かった身として、7期の選考に挑戦していた学生の面接練習などに付き合っていたらしい。しかしながら、残念なことに合格した者はいなかったらしい。そこで合格した自分、選考で選ばれなかった人について考えさせられたという内容だった。

 

ここで簡単に説明すると、トビタテの選考というのは、1次の書類審査、2次の面接審査により構成される。2次の面接審査では、企業の人事の方相手に1対1で自身の留学計画をプレゼンする。方法は様々で、スケッチブックを紙芝居のようにする人や手ぶらで語る人などなど。ちなみに自分のとった方法はなかなかウケがよかった。民間企業の出資によって支えられる返済不要の奨学金を獲得するため、みな当然必死である。

そしてその評価ポイントとしては、

  1. 実践活動を含む積極的な内容であること
  2. オリジナリティに富んでいること
  3. 帰国後に日本の産業に還元すること
が軸としてある。実際、ほかのトビタテ生と面接時のエピソードを交換すると、面接官がとても怖く苦痛だったという声もあれば、終始笑いがありとても楽しかったという声もある。つまり面接担当の人事の方次第ともいえる。

 

たしかに自分も選考を経験しているためわかるが、受かるかどうかの線引きはかなりあいまいなもの。自分はそのおかげで採用されたようなものだし、残念ながら採用されなかった人もまた、そのあいまいな基準によるものである。点数などではない評価なので、結果に納得しないということは必ずあると思う。

 

だとしたら、こういう言い方もなんだが、もうこれはだと思う。実際、自分が採用されなかったらそれは縁がなかったのだと割り切るつもりだったし、自分は基本的に人生で起こることはそのように捉えている。

 

逆に、「じゃあなぜ自分がここに生かされているのか」とよく考える。きっと意味がある。でもそれは誰も教えてくれないし、それはきっと死ぬときに自分で決める後付けのタイトルのようなものなんだろうな。

 

ドイツに来て1週間が経過した。1日1日を大切にしているつもりではいるが、自分がこの留学を通して、与えられたこの機会を活用してなにを成し遂げたいのかを日々自身に問い続けたいと思う。

 

「トビタテ!留学JAPAN」について↓

www.tobitate.mext.go.jp